神戸地方裁判所 昭和41年(ワ)485号 判決 1968年3月29日
原告 樋口睦
被告 学校法人神戸野田奨学会
主文
原告は、被告が昭和四〇年九月三〇日なした原告を休職とする旨の意思表示により制限をうけない被告の経営する神戸野田高等学校、同中学校の教諭としての地位を有することを確認する。
被告は原告に対し昭和四〇年一〇月一日から毎月二〇日に一カ月金二万二七五二円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文第二ないし第三項同旨および「被告が原告に対し昭和四〇年九月三〇日付でなした原告を休職とする旨の意思表示が無効であることを確認する。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
一、原告は昭和三八年四月一日付で被告の経営する神戸野田高等学校、同中学校(以下被告学校という)の教諭として採用され、社会科を担当しており、昭和四〇年九月三〇日当時の一カ月平均賃金は二万二七五二円であり、毎月二〇日にその支払をうけていた。
二、被告は原告が昭和四〇年四月三日同僚の樋口満武と結婚した直後に始まつた同年四月の新学期より原告に授業担当をさせていなかつたが、遂に同年九月三〇日原告に対し無給の休職を命ずる旨を文書で通知し、その後も原告に授業を担当させないことは勿論、賃金の支払もしていない。
三、しかし右休職を命ずる処分をするにつき合理的理由なく、また手続上の根拠規定も存在しないから、右処分は無効である。
よつて、原告は、原告の就労を拒否し、昭和四〇年一〇月一日以降の賃金の支払をしない被告に対し請求の趣旨記載の判決を求める。
と述べ、被告の答弁に対し、
被告主張のような慣行の存在、被告が原告を雇傭するにあたり右慣行を告知したとの事実、被告主張の退職の合意が成立したとの事実はいずれも否認する。原告は一時他校への就職を考え、他校に職を求めたことはあるが、原告が被告から就職先の斡旋を受けたのは私立播磨高校だけでその他の求職についての他校との話合は原告自らの発意によるものか同僚の斡旋によるものである。また原告が他校へ就職しなかつたのは、いずれも労働条件が不安定劣悪な講師、臨時雇などの職しかなかつたからである。
仮に被告主張のような結婚退職の慣行があるとすれば、それは男女の本質的平等をうたつた憲法二四条の理念に反し無効であり、また仮に解雇の合意があつたとしても、被告はその後原告の就労を認めているので当然解雇の撤回とみなされる。
要するに本件休職処分は被告主張の退職の合意の成立経過に関する事実自体から明らかなように、存在しない慣行の存在を前提とし、あるいは前述のとおり無効な慣行を楯にとつて原告の職場結婚を理由に原告を職場から排除しようとの意図の下になされた処分であるから、無効といわねばならない。
と述べた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実第一、二項を認め、その余の事実はすべて争うと述べ、
一、被告学校の前身は大正一五年に開校された女学校であり、開校以来今日に至るまで独身の男女教諭が同一職場で教鞭をとることは思春期時代の女子を対象とする学園では情操教育上好ましくないという理由でそのどちらか一方が退職する慣行になつており、原告が就職するときにも右慣行を告知しておいた。
二、原告は昭和三八年九月一日、当時の校長上村悳に対し樋口満武と遅くとも同三九年三月末日までに結婚する予定であることを申出たので、同校長は原告に対し前記慣行により結婚の際はいずれか一方が他校に転出してもらわなければならない旨改めて告げたところ、原告は右慣行を再確認したうえ、その際は本校を退職することに同意した。よつてここに原告と被告との間に原告の結婚を停止条件とする雇傭契約の合意解約ができた。
かくて被告は昭和三九年二月頃、後任教諭の採用をきめ、かつ原告の申出によりその転出校の斡旋を行なつたが採用されるに至らなかつた。それで被告は原告の立場も考え転出校がきまるまで在職させ、社会科持時間を与えた。もつとも原告も結婚の時期をのばした。
三、しかして原告は昭和四〇年三月一日頃、当時の校長志智嘉九郎に対しいよいよ結婚するので同年三月末日で退職すると述べ、他校への就職斡旋を依頼してきたので、被告はこれに同意し斡旋の労もとつた。したがつて仮に前項の合意解約が認められないとしても、このときに昭和四〇年三月末日を期限とする雇傭契約の合意解約ができた。
四、しかるに原告は右合意に基づき遅くとも結婚した日である昭和四〇年四月三日をもつて退職することになつていたのにこれを履行せず、徒らに同年九月末日まで経過した。被告は、この間原告を解雇することは可能であつたがこれを控え、授業は担当させなかつたけれども給料を支給し、引続き他校への就職斡旋に努めたが、しかしながら原告に教諭としての未確定的な地位をこのまま持続させることは対内的にも対外的にも許されないので解雇するより他なきところ、それでは原告の将来の就職に支障を来たすこととなるので、このことを特に配慮し、あえて解雇の発令をせず、右合意に基づき本件休職処分に付したものであるから、右処分は被告が原告のために九月三〇日まで解雇の効力をのばしたものと解すべきである。よつて本件休職処分は有効である。
と述べた。
(証拠省略)
理由
一、被告は神戸野田高等学校、同中学校を経営し、原告は昭和三八年四月一日付で右学校の教諭として採用され以来社会科を担当していたこと、被告は原告が昭和四〇年四月三日同僚の樋口満武と結婚した頃より原告に対し給料を支払ながら授業の担当をさせていなかつたが、同年九月三〇日原告に対し無給の休職を命ずる旨を文書をもつて通告し、その後は原告に授業担当をさせていないことは勿論、賃金の支払をしていないことは当事者間に争いがない。
二、そこで、本件休職処分の有効無効について検討されなければならないことになるが、これにつき、被告は右処分の根拠として合意解約の存在を主張しているので、まず右合意解約の存否及び内容について判断するに、証人長井八蔵の証言によつて真正に成立したと認められる乙第一号証並びに証人上村悳、同志智嘉九郎、同長井八蔵、同樋口満武の各証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると次の事実を認めることができる。
(一) 被告学校の前身は大正一五年に開校された女学校であり、(この点は原告において明らかに争わない)現在職員数約一〇〇名程度の規模を有しているが、開校以来現在に至るまで同校に勤務する教諭がいわゆる職場結婚した場合には夫婦のどちらか一方が退職する事例がみられ、被告学校の調査によれば、戦前の昭和三年に一例、戦後では昭和三〇年、同三一年、同三四年、同三五年、同三八年、同三九年に各一例づつあり、このうち一部では学校側の斡旋によつて他校に就職した例もあるが夫婦双方とも退職しないで勤務を続けた事例はみられなかつた。しかしながら右のようにどちらか一方が退職するのは規則とか契約とかによつて拘束されるからではなく、本人の意思に基づくものであつたが、その背景には学校側や本人側において夫婦が同じ職場で働くことは好ましくなく、転職できればそうした方がよいという意識が一部に存在していた。ところで原告が採用されるにあたつては給料、服務等を告知されただけで、被告より職場結婚する際はどちらか一方が退職することになつている旨告げられたことはなかつた。
(二) 原告は昭和三九年二月一二日訴外樋口満武と婚約し、同月一四日上村校長にその旨申し出たが、この頃すでに被告学校では職場結婚して同じ職場にいる例がないと同僚から聞いており、どうして辞めなければならないのかと疑問に思つていたものの、他によい職場があれば変つてもよいと考えていたので、同校長に転校の希望を伝えてその斡旋を依頼した。しかし、その際結婚したら辞めるという約束まではしていなかつた。原告はその年の二、三月頃同校長より転校先を二、三紹介されたが実現するまでに至らなかつた。被告学校では原告の後任教諭として昭和三九年四月一日他から一名を採用し、新学期からの授業担当から原告を除外したところ、原告より異議の申出があつたため再び授業を担当せしめることにし、志智校長になつてから樋口満武より婚約中であるが転校できないため結婚が延びており、できれば昭和四〇年の春休に式を挙げたいので転校先を斡旋して欲しい旨の申出があり、引続き転校先の斡旋を行つたが、このうち実現可能な産休職員の裏付としての臨時的採用は身分的不安定を理由に原告の応ずるところとならず、その他はいずれも実現することができなかつた。
(三) 原告は昭和四〇年三月中旬頃結婚式の招待状を上司や同僚に通知したが、転校の件は未解決のままであり、その進退については学校当局となんらかの話合を相互に持つたことなく、ただ樋口満武より結婚したら原告の身分はどうなるのかと相談しただけで、これに対しては確答を受けることができなかつた。学校側では原告が転校できなければ図書館の事務の仕事を担当させることも一時考えていたようであるが立消えとなり、前示のように昭和四〇年四月の新学期から原告の授業担当をなくし、その他の仕事にも就かせないで給料のみを支給してきたが、徒らに原告に教諭としての未確定的な地位を続けさせることを打切る含みであつたが原告の将来を慮つて直ちに解雇することを避け、相当の期間原告の任意退職をまつ趣旨でもつて、任意退職のときまでを休職期間と黙示的に定めて、前示のとおり同年九月三〇日付で本件休職処分を発令するに至つた。これに対して、原告の方では授業担当をはずされたことに対して樋口満武らを通じて抗議したが、校長の欠員とか労働組合のごたごたとかで、そのまま見送りということになり、更に本件休職処分に対してはその処分の理由を尋ねたが、学校側からは格別詳しい理由は示されず、被告学校四〇年の伝統の中には前例のないことであつたという程度の説明があつただけであつた。
(四) なお、右処分当時、被告学枚には労働協約はもとより就業規則も制定されておらず、教諭の給与その他の勤務条件、分限及び懲戒等については、慣例により地方教育公務員の例に準じて取扱うものとされ、必要に応じその都度被告の理事会などで決定処理され、休職の実例としては本人の申出による病気或いは海外旅行を事由とする休職があり、本件のような無給の休職例はみられなかつた。
しかして、以上の認定事実からいえることは、原被告間の原告の結婚退職についての話合は、原告より結婚したら転校したいという希望の表明とその転校先の就職斡旋を依頼したということに止り、それ以上に任意退職の意思の通知やその約束ないし合意解約をなしたとまでいうのは困難であり、また、
後任教諭の採用、原告の授業担当をなくしたこと、これに対する原告のとつた行動から、原告が暗黙のうちに結婚したら退職することを承諾していたと推認するのも、前示認定の(二)ないし(三)の事件の経過に照らして無理であり、結局右認定事実から被告主張事実を推認することは不充分であるというほかなく、他にこれを認めるに足る証拠はない。
三、そうすると、次には前示認定のような話合及び事情のもとになされた本件休職処分の効力を考えなければならない。
思うに、休職処分とは、ある従業員を職務に従事させることが不能ないし不適当である事由が生じたときに、その従業員の身分をそのままにして職務に従事しない地位に置く処分であるということができるから、賃金等について正規の状態と異つた取扱がなされるのであろうし、その限りにおいて従業員にとつて不利益な処分であるといわなければならない。それで右のような休職処分の場合には、解雇の場合と異り、当事者間にはなお労働契約は存続しているのであるから、使用者がなんらかの理由によつて従業員の労務の提供を一方的に拒否したとしても、通常これが当然に賃金支払義務を免れるということにはならないのであつて、そこには特段の約定またはこれと同視しうる根拠を必要とすることは明らかであり、解雇の場合と同様に論じることはできない。
そうして右休職処分を根拠づける事由として労働契約に特段の約定のあるほか、労働協約、就業規則、申出ないし承認、慣習を挙げることができる。
そこで、これを本件の場合についてみると、本件休職処分が無給のものであることは前示のとおりであるから、その根拠を必要とするというべく、しかして、労働契約上に結婚を事由とする休職条項の存しなかつたことは前項(一)で認定したとおりであり、当時被告学校に労働協約や就業規則が制定されていなかつたことは同(四)で認定したとおりであり、本件休職処分が原告の申出ないし承認に基づくものでないことは同(三)で認定した事実に照らして明白であり、また前示認定の原被告の話合では原告の労働契約上の諸権利(とくに給料請求権)の処分ないし制限について触れるところがなかつたのであるから、右話合をもつて本件休職処分の根拠とするには不充分であり、更に被告学校では教諭の分限等については慣例により地方教育公務員の例に準じて取扱うものとされていたことは前示(四)で認定したとおりであり、右公務員の例によると休職事由とされるのは、心身の故障のため長期の休養を要する場合と、刑事事件に関し起訴された場合とであるから本件はこれに該当しないし、また慣行として認められていた休職事由は海外旅行位であり、なお、前示(一)で認定した事例や意識の程度では、これを慣習として当事者を拘束するものであるかどうか多分に疑問がある。右のとおり、本件休職処分の有効性を基礎づける事由の認められない以上、他にこれを有効とする主張立証のない限り、結局本件休職処分は、その余について論ずるまでもなく、無効であるといわざるをえない。
四、ところで、被告の主張は必ずしも明確ではないが、本件休職処分を目して休職の一般的概念を内容とする本来的意味における休職処分であるとの認識だけに立たないで、実質的には休職処分の名を冠した解雇の意思表示であるとの認識の下に立つて、その主張をなすもののように理解されないではなく、前記二の(一)ないし(三)で認定した本件処分に至るまでの経過および本件休職処分が原告の教諭としての地位の打切り即ち労働契約の終了を目的とし、ただし原告の将来を慮つて任意退職をまつ趣旨でなされた事実および前記証人樋口の証言、原告本人の供述から認められる、原告が本件休職処分を解雇の意思表示であると受取つている事実からすると、本件休職処分は字義どおりの休職処分ではなく、原告において退職願を提出するまで相当の期間休職処分に付し、右期間内に右退職願を提出しないことを条件とする解雇の意思表示を含んだ意思表示と認めうる余地がないでもないから、本件休職処分の解雇意思表示としての性質を有する側面についての効力を判断することとする。
仮に使用者に解雇の自由があるとしても、被告は本件の場合その処分の事由として、被告学校では教諭が職場結婚した場合どちらか一方が退職する慣行があり原告はこれに従つて退職すべきであることを挙げて、右処分の有効性を主張しているのであるから、これについて考えるに、まず本件処分は慣行に基づいてなされたというのであれば、使用者である被告は具体的にその慣行の存在及び内容を明確にしなければならないのであるが、右慣行の認めがたいことは前記三で説示したとおりであり、また仮に右主張のような慣行が存在するとしても、その合理性は問題である。次に本件処分は右主張事実をもつて処分の事由としたというのであれば、右主張事実については原告が職場結婚したことは前示のとおり争いなく、被告学校ではこれまで職場結婚した場合その一方が退職したことは前記二の(一)で認定したとおりであるから、続いて右事実を処分事由としたことの合理性が問題となる。即ち職場結婚を解雇の事由としたことは、配偶者の選択の自由に影響を及ぼし結婚の自由を制限することになるから、かかる事由が適法であるとされるためには、そこに合理的理由の存在することを必要とし、これを欠くときは当該解雇は無効であるとされるのは当然である。この点につき被告学校の職員の一部では職場結婚して夫婦が共に在職することは好ましくないと考えられていたことは前記二の(一)で認定したとおりであるにしても、しかしながらこれだけでは右合理性を肯定するには充分ではなく、他方前掲証人樋口の証言によれば、同人は他の二、三の女子高校では夫婦とも教員として同じ学枚に勤務している例があり、しかもある高校ではむしろこれが奨励されていたという事実をうかがうことができるのであるから、被告において右事由の合理的理由につき特段の立証のない限り、右は消極的に解するほかなく、本件処分は合理的理由を欠くことに帰し無効であるといわねばならない。更に、本件が右事由以外の解雇事由によりこれを告げないでした解雇処分であるというのであれば、これが、使用者の有する解雇権の当然の行使であるとしても、裁判上争われるに至り相手方がその無効事由を主張している場合には使用者においてその事由を明らかにしない限り、使用者は解雇処分の効力につき不利益に推定されるようになるというべきであるから、本件の場合には他に主張立証のない以上その事由は明らかでなく、従つて権利の濫用にあたるものとの事実上の推定を受けることを免れることができない。
そうだとすれば、本件休職処分はこれを解雇処分としての側面についてみても結局有効であるといえないことになり、いずれにしても本件休職処分は無効であると判断せざるをえない。
五、そうするとその余について判断するまでもなく被告の原告に対する本件休職処分は無効であるから原告は前示休職処分により何ら制限をうけない神戸野田高等学校、同中学校の教諭としての地位を有すること明らかである(原告は本件休職処分の無効確認を求めているが、その訴旨はこれを善解すると上記のようなものであると認められる)し、また原告の昭和四〇年九月三〇日当時の平均賃金は一カ月金二万二七五二円であり、賃金は毎月二〇日払であることは当事者間に争いがないので、被告は原告に対し昭和四〇年一〇月一日以降毎月二〇日に一カ月金二万二七五二円の割合による未払賃金を支払う義務を負うこと勿論である。
よつて原告の請求はすべて理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、仮執行の宣言については同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中島孝信 福島敏男 熊谷絢子)